足立区最凶伝説の歴史を刻みつけた「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」の現場

綾瀬

常磐線綾瀬駅から北へ1キロ、一見何の変哲も無い、平穏な住宅街の一風景でしかない。だがこの場所で日本の戦後犯罪史に残る少年グループによる己の身勝手な欲望を満たす為の極悪非道な監禁生活が繰り広げられていた…

東京都足立区が東京23区最凶のDQN地区であると今の今まで言われてきたのは、やはり四半世紀もの過去にも関わらず、この強烈な事件の存在と人々の記憶が残っているからではないだろうか。

「綾瀬女子高生コンクリート殺人事件」略して「綾瀬コンクリ事件」などと呼ばれるこの凶悪事件は、昭和の終わりに近い1988(昭和63)年11月25日から翌年1989(昭和64)年1月4日に跨いで41日間もの長期に渡ってじわじわと行われてきた、戦後犯罪史に見ても残虐性が極まれる監禁強姦殺人事件だった。

特筆すべきは犯行に関わった4人の加害者(A,B,C,D)が全員16歳から18歳の未成年であった事、そして被害者となった女子高生はたまたま通りすがりを狙われただけであった事、監禁現場となった少年Cの自宅には父母や兄もいて、しかも住宅密集地であったにも関わらず少年達の犯行に周囲の大人達が見て見ぬ振りを続け、結果として被害者が見殺しにされた事が挙げられよう。

少年グループは事件以前にも足立区を中心にひったくりや集団レイプを繰り返していた極悪非道なド不良クソガキで、被害者女子高生と初めて遭遇したのも「今日は給料日なのでみんな金を持っている奴が多い、ひったくりに行こうぜ」と選んだ1988年11月25日のことだ。

この日の夜、ひったくり目的で不良グループがバイクで通りがかった埼玉県三郷市戸ヶ崎交差点付近にいたアルバイト帰りの女子高生(17歳)に目をつけ、レイプ目的で拉致を思いつき、少年Aの指示でCがバイクで女子高生が乗る自転車に接近しわざと転ばせたところをAが親切を装って「危ないから家まで送ってやる」と近づき、倉庫の暗がりに連れて行き「俺はヤクザの幹部だ、お前はヤクザに狙われている」などと脅し、ラブホテルに連れ込んで強姦する。

女子高生を脅した後、ヤクザから守ってやると言い張り綾瀬にある少年Cの自宅まで連れて行き、それから41日間もの長期に渡って監禁生活が始まるのだ。

その間、被害者女子高生が受けた傷害陵辱行為について主なものでは集団レイプ、膣への異物挿入、鉄球や拳などによる殴打、足にライターのオイルを掛けて火あぶり、部屋で紙コップに排尿させて飲尿を強要、裸踊り・自慰行為強要。監禁期間が長引きにつれ食事も与えないようになり、次第に栄養失調でろくに自力で立てない程衰弱し、炙られた両足部は化膿を起こし腐臭を漂わせていた。

事件発覚を恐れた少年グループは被害者を帰す事もせず、もはや性欲の捌け口ともならず生ゴミ同然に部屋に放置されるようになり、翌年1月4日朝には「徹夜マージャンで10万負けた」憂さ晴らしに虫の息状態だった被害者を2時間に渡ってリンチし、とうとう息の根を止めてしまった。

少年グループは遺体の処理に困り翌5日には毛布にくるんで旅行かばんに詰めた被害者の遺体を近所の工場から盗んできたドラム缶に入れコンクリートを流しこみ、それを車に積み込んで江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地内)に持って行った。当初は海に投げ込むつもりだったが、怖くなって空き地に放置して逃げ帰った。

昭和天皇崩御で昭和から平成に変わった時代の節目にあった時期だが、その後1月23日に少年AとBは別のレイプ事件で綾瀬警察署に逮捕され、少年Cの自宅にあった被害者の下着を元に捜査員が鑑別所入りしていたA,Bに面会して事情聴取した所、事件が発覚。

裁判の加害者少年4人は東京家庭裁判所から検察に逆送され、地裁と高裁の2度の裁判で有罪判決を受けたが、少年法の考慮もあってか最も量刑の重い主犯格のAですら死刑ではなく懲役20年の有期刑、その他の3人(B,C,D)も懲役5年から10年の不定期刑に処せられただけであった。他にも監禁生活中に集団レイプに加担した友人の少年E,F、またCの兄で2階の監禁部屋の隣で生活していたGも同様に少年院送りになっている。

少年法の壁で実名報道は避けるのが通例だったにも関わらず、事件の重大性を鑑みて「週刊文春」は主犯格の4人を実名で報道した。この時の記事を書いたのは「野獣に人権はない」と言い放った文春記者時代の勝谷誠彦氏だ。

なお、被害者女子高生の監禁生活中、その存在は少年Cの両親も把握していて、一度1階で家族で一緒に食事を取っていたり、Cの母親が被害者に家に帰るように説得したり、また被害者側の家族も捜索願いを出しているがわざわざ自宅に電話を掛けさせて捜索願いを取り下げるように連絡もしている。逃げられる機会は何度となくあったはずなのに、何故彼女が逃げられなかったのか、そこが腑に落ちない。

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事件のインパクトが大きすぎる影響か、事件後には映画化された作品が2本出ている。高岡蒼佑などが主演の映画「コンクリート」(2004年、R-15指定)と、無名時代の北川悠仁(ゆず)が出演していた「女子高生コンクリート詰め殺人事件 壊れたセブンティーンたち」(1995年)。特に後者はかなりマニアックなビデオ映画で入手困難品となっている。

「壊れたセブンティーンたち」はレンタルビデオ店「ビデオ安売王」を経営していた日本ビデオ販売(倒産、現存せず)の社長・佐藤太治氏が事件に憤慨して映画作品にしようと個人の意志で製作を実現させたもので、レンタルも上映もされていない幻の作品。むしろ、ゆず北川にとってはこんな暴力表現の凄まじい映画に出演していた過去など黒歴史以外の何者でもないか。駐車場の猫もあくびしてられんぞこのエグさは。

41日間の監禁致死現場となった足立区綾瀬七丁目某所は事件から四半世紀経った現在でもさほど見た目も変わらず残っていた。児童公園に面した道路から住宅が数棟並ぶ路地があって、20メートルくらいの位置で突き当たりになっているのもそのままである。

綾瀬

路地の入口から右側手前から2軒目の家の位置に、監禁現場となった加害者少年Cの自宅があった。少年グループの溜まり場となっていた2階の部屋は鍵が掛けられ親の立ち入りを拒み続けていた。事件後自宅は解体されて別の家が建っており、当時の状況とは変わっているが、目印となる電柱はそのままある。

加害者少年達が日常的に電柱によじ登って2階の部屋に出入りする姿を周辺住民も目撃しており、電力会社が見かねて足場のフックを取り外す程の状況だったそうだ。

現在、主犯格4人の元少年は全員刑期を終えて出所している。しかし元少年Bだった神作譲(旧姓・小倉譲)は2004年に監禁致傷事件を起こし再犯、足立区花畑の路上で「俺の女を取っただろ」と知人男性に対し言いがかりをつけて車のトランクに押しこみ三郷市にある実母の経営するスナックに連れ込み4、5時間殴る蹴るの暴力を起こした。神作譲はこの事件で逮捕され懲役4年の実刑判決を再度食らっている。犯行の際も綾瀬コンクリ事件の主犯格であることを脅し文句にしていたそうで、DQNは死ぬまで治らない。

リーダー格だった元少年Aは出所後、関西の篤志家と養子縁組をして苗字も名前も別のものとなったそうだが、2013年4月に振り込め詐欺で逮捕されたと週刊文春で報道されている。

「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」について詳しくは以下のページなども参考にして欲しい。

女子高生コンクリ詰め殺人事件
女子高生コンクリート詰め殺人事件の全貌【史上最悪な殺人事件】
【コンクリ】途中参加者の為のテンプレ【風化防止】

文庫 女子高生コンクリート詰め殺人事件 (草思社文庫)

女子高生コンクリート詰め殺人事件―彼女のくやしさがわかりますか?

うちの子が、なぜ!―女子高生コンクリート詰め殺人事件

少年事件の実名報道は許されないのか―少年法と表現の自由

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